あんどさきこ×町田紗記 二人展「境界を飛びこえて」開催にあたって

町田紗記作品「うみ」

今回の展覧会では、アニメーションと絵画に加え、ちょっと不思議なオーラを持つ土のかたまりが並んでいます。あんどさきこさんの作品「器」は、彼女が住む志々島の土壁を用いて、手捻りにして乾かしたもの、あるいは彼女が五右衛門風呂を沸かす時、火にくべて焼成したもの。

それらを見ながら、あんどさんが言いました。

「志々(彼女は島のことをこう呼ぶ)では、死がとても近くにあります」

生活のすぐ隣にお墓があり、かつては土葬が慣わしだったそうです。

あるおじいさんは「死んでもいつまでもそばにいて欲しいから、だからこんなふうに集落に墓地があるんだよ」と話してくれたそうです。死んだ人たちが暮らしているような、小さな家の形をしたお墓が並ぶ墓地なのだそうです。

かつては1000人ほどだった島の人口は、今では15人ほど。あんどさんが一番仲良くしているお友達は、101歳の女性。なんでも知っていて、なんでも教えてくれるそうです。島で生まれ育ち、島で暮らし続けてきた人は、そのご友人ともう一人だけだそうです。

あんどさんの「器」は、そこに住んだ人たちの記憶の宇宙なのです。

志々島のあんどさんを尋ね、10日間ほど合宿したという画家の町田紗記さんは、その時に得たイメージを8枚の絵で表現しました。

町田さんの絵と、その絵からたちのぼる形で制作したアニメーションには、昨日の夢の続きのような「死」があり、死と生のあわいを感じるセンサーを呼び起こすスイッチが隠されています。都会生活ではずいぶん遠いところのある死の肌あいですが、実は私たちがそのセンサーを開きさえすれば、すぐそこにある扉を開けるようにして、すっと入ることができるんだよ、と教えられます。そして、この世界から旅立った先人たちをとても近くに感じます。その人たちは、もしかしたら、土の中や植物や、深海のどこかに存在しているし、今ここにいる私たちとともにある、と。

人口15人の島は寂しいけれど、ちっとも寂しくなくて、とても賑やかなのかもしれません。すぐに志々島へ飛んでいってその賑やかさを体感したい、そんな衝動に駆られます。

あんどさんは、スマフォは持っていないけれど、101歳の友人とおしゃべりして、クルーザーを自在に操縦し、瀬戸内海の島々を行き来しています。日本中をヒッチハイクして移動生活していた彼女が、たどり着いた彼女の暮らし方。

展示の準備中、あんどさんが島で録音した波や風の音、鳥の声と彼女が自作自演する、あんどさんの呼吸のような音楽の中で、町田さんの絵がゆっくりと展開していくアニメーションを観た時、遅ればせながら、町田さんがここでやりたいこと、境界を飛びこえることの意味を感じました。

動物たちと植物たちと人間の境界、生きることと死ぬことの境界。この世界にはさまざまな境界があるけれど、それを飛びこえてみる。

それは、私たちみんなが、実は誕生の瞬間に一度は経験していること。それはとても自然な営みだったはず。

今回のツォモリリ文庫の展示は、忘れてはならない「原初の冒険」への誘いです。

境界を飛びこえることができたら、私たちはなんて自由! と思ったりするのです。

ツォモリリ文庫 アートディレクター おおくにあきこ