美しく獰猛な植物たち 浅野友理子展「脈脈」

ツォモリリ文庫 5/20~6/13

塩竈市、ビルドスペースでの個展「綯い交ぜ」(2021.3)で、ふと目がとまったのは、「イチジクの芽」という小品でした。在廊中の浅野さんが言うには「コロナ禍、庭にいる時間が増えて、自然と植物が増えていきました。いちじくの苗を植えてみたら、その根がどんどん張り出して、他の植物のテリトリーまでどんどん張り出してしまって」。絵を見直すと、芽はほんのりと優しい中間色なのに、根っこは赤く、思い切り画角からはみ出ています。楚々と優しい芽に比べて土の下の根っこはうねりながら生存本能剥き出しにしているかのようでした。

「イチジクの芽」2021

最初に出会った浅野作品は、猪苗代町にあるはじまりの美術館でのとても興味深い展示「たべるとくらす」(2016)でした。在来種の小菊カボチャの蔓が臍の緒のように胎児とつながっている「耕地の緒」。目が釘付けになりました。この人はどういう作家なのだろう、とても気になりました。

「耕地の緒」2016

アーティストの登竜門と言われるVOCA展2020で大原美術館賞受賞、東山魁夷記念日経日本画大賞にも入選を果たした大作「くちあけ」で、浅野さんはひときわアート界の注目を集めました。
「最初はまったく異なる絵を描いていたのですが、完成間際、締切直前に大きく方向転換したんです」
その大胆な筆致は、自らを追い込んで追い込んだ先の集中力から生まれたようです。

タイトル「くちあけ」は、採取解禁の意味で、そこに裂け目から噴き出すように描かれたトチノミやドングリは、浅野さんがたびたび訪れる東北の山岳地域や韓国の江原道の、豊穣とはいえない地域の食を助ける作物です。アク抜きなど丁寧な下拵えを経てはじめて食すことができるし、時に薬としても役立ってきた。慈しむように植物を扱う手がいくつも描かれ、それが豊かな表現となっているユニークな構図が、会場に足を運ぶ人々を魅了していました。

「くちあけ」2020
「くちあけ」細部
「くちあけ」細部

「くちあけ」の受賞は、福島県猪苗代町の学校を舞台にした壁画の芸術祭「ウォールアートフェスティバルふくしまin 猪苗代2020」への浅野さんの招聘を決めた矢先でした。
浅野さんが描いた猪苗代湖のほとりにある翁島小学校の児童たちは、授業で猪苗代湖の水質調査や改善を実践的に学んでいます。描き始める前に「菱の実」回収の授業に参加した浅野さんは、ヘドロとなって水質を低下させる菱の実が、その土地で育つスイカの堆肥として役立っていることも知ったそうです。

「植物は巡る」2020

今回のツォモリリ文庫の展示「脈脈」の萌芽となった作品は、「ウォールアートフェスティバルふくしま in 猪苗代2021」で、吾妻小学校図工室4面の壁に描いた壁画「脈」です。ぐるりと巡っている血管のような赤い川。温泉が吹き出る源流・沼尻から流れる硫黄混じりの酸性の川は、猪苗代湖へ向かう途中、他の川と混ざり化学反応で川底を赤く染め、吾妻小学校の脇を流れていきます。

「教室を取り囲む赤い川は人々の血であり、受け継がれてきたものそのものを表しています」
(浅野友理子「脈」キャプションより)

「脈」2021
「脈」2021

昨年は猪苗代町でのウォールアートフェスティバルの縁がつながり、野口英世の菩提寺である大宮山長照寺の襖絵にも挑戦した年でした。長照寺の見事な蓮池をモチーフに、アトリエに籠り、描いた大作。臆することなく、堂々と浅野さんの蓮絵が誕生しました。

「泥中の花」2021
「泥中の花」制作風景 photo: Kinya Hayakawa
「泥中の花」制作風景 photo: Kinya Hayakawa

その後、出身地であり現在住の多賀城市役所の歩行者通路壁面に、市に自生する植物をモチーフにした長大な壁画を完成させるなど、ひたすら体力を使い、パブリックな場で描き続けた浅野さん。その一方で、バランスをとるように私的な時間を使い、通勤路や旅先で見かけた植物を今現在の彼女の新たな視線で掘り起こし、木版に彫る作業をしました。作品数は50点。小さな画角の中に表現されるのは、花瓶にいけられた花と異なり、人の視線をまったく気にせず、はびころうとする植物たちの素顔。思いがけない繁殖の意志にはっとさせられるのでしょう。

ツォモリリ文庫は東京、調布市仙川というローカルな街で、アートとの出会いを特別な機会ととらえず、買い物の途中や、友人と待ち合せてお茶を飲みながら、というように、日常の延長線上で楽しむことをコンセプトにしているギャラリーです。店内の壁に壁画の公開制作を行ない、アーティストとオーディエンスの交流が生まれる試みも、お客さまの楽しみとして定着しました。浅野さんの版画や絵画、壁画との出会い方も、ひとりひとりに託されています。

人類が滅べば、地上はあっという間に緑の楽園と化し、アスファルトも植物の根でたちまちひび割れるのだろうなぁ。「脈脈」で展示される植物たちは人類の思惑など知ったことではないのです。
文:おおくにあきこ

浅野友理子展「脈脈」
期間 5月20日(金)〜6月13日(月)
営業時間 月・金 12:00~20:00  土・日 12:00~18:00
定休日 火・水・木
壁画公開制作 5月20・21・22・23・27日
会場 ツォモリリ文庫 東京都調布市仙川町1-25-4  http://tsomoriribunko.com

【浅野友理子プロフィール】
食文化や植物の利用を切り口に、様々な土地を訪ねている。
出会った人たちとのエピソードとともに、そこで受け継がれてきたものを記録するように描いている。

1990年  宮城県生まれ 
2015年  東北芸術工科大学大学院芸術工学研究科修士課程修了

主な個展
2021 “綯い交ぜ”ビルドスペース/宮城
2020 “植物をしたためる” ビルドスペース/宮城
2019 “土の熟れるころ” ビルドスペース/宮城
2018 “山のくちあけ” 馬喰町ART+EAT/東京

主なグループ展
2021 “ウォールアートフェスティバルふくしま in 猪苗代 2021/福島

   “エマージング・アーティスト展”銀座 蔦屋書店 GINZA ATRIUM/東京    

   “第8回 東山魁夷記念 日経日本画大賞展”上野の森美術館/東京

2020 “みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2020″/山形

   “ウォールアートフェスティバルふくしま in 猪苗代 2020/福島

2019 “青森EARTH2019 いのち耕す場所 農業がひらくアートの未来” 青森県立美術館/青森

   “たべもの、いきるための”もうひとつの美術館/栃木

受賞歴 
2021 “第8回東山魁夷記念日経日本画大賞” 入選
2020 “VOCA展2020 現代美術の展望ー新しい平面の作家たち” 大原美術館賞受賞

所蔵 山形市、多賀城市、塩竈市、公益財団法人大原美術館

【イベント】

浅野友理子壁画完成記念イベント 
5月27日(金)18:30~20:00
WAF猪苗代の「脈」からツォモリリ文庫の「脈脈」へ―WAF猪苗代2021報告会―
http://tsomoriribunko.com/yuriko_asano_talk_about_murals/

クロージング記念トークセッション
ゲスト:多田多恵子(植物生態学者) 
6月12日(日)16:00~17:30
詳細はツォモリリ文庫ウエブサイトのイベント情報欄でお知らせします。

執筆:おおくにあきこ
「ツォモリリ文庫」アートディレクター。「NPO法人ウォールアートプロジェクト」理事長。
2010年より、インド農村部の学校を舞台に壁画の芸術祭「ウォールアートフェスティバル」をスタートさせ、芸術祭のアートディレクターとして活動。現地コーディネーターで現在ツォモリリ文庫のディレクターでもある浜尾とともに、インドでの芸術祭をこれまでに4ヶ所で14回開催してきた。
2018年より福島県猪苗代町の学校を舞台に、町の実行委員会に招かれ「ウォールアートフェスティバルふくしまin 猪苗代」をアートディレクション。現在猪苗代町の公立学校に13の壁画がある。
インドと福島のアートプロジェクトは現在も継続中。ウォールアートプロジェクトの目標は、将来インドと福島の子どもたちがつながり学び合うこと。

2022-05-09 | Posted in 今週のピックアップ, お知らせ