市橋晴菜『海の子供』展連続インタビューvol.3 文:おぐりちはや
夏真っ盛りのこの頃、ツォモリリ文庫に展示されている色とりどりの海の絵画と出会える日も残すところあと数日です。
これまで二度のインタビューで市橋さんの絵のひみつに迫ってきました。
今回は最終回です。
連続インタビューvol.3壁画『月夜の番人』と『漂流物』
ーー念願の壁画ですね。このサイズ(高さ2.8m×幅3m)を描いてどうでした?
自分のいつものやり方をこのサイズに当てはめるとぜんぜん時間が足りなくて、どう落とし込むかは最後まで悩みました。
ーー時間が足りない中、インタビューに時間をいただいてすみません。絵の具を乾かしているタイミングで何よりでした。それにこの絵は、今までのツォモリリ文庫で描かれてきた壁画の中で、もっとも筆数が多い気がします。
これまでのアーティストは結構バシッとやってきた感じなんですか?
ーーライブペイントもありましたし。じっくりと直したりしながら描いた方は市橋さんが初めてではないでしょうか? カメハメ波のように一撃を繰り出した感じの人が多かった気がします。
ウチは元気玉なのよ。カメハメ波はまだあまり打ったことがないんですよね。
ーーなるほど。いろんな対象から元気を少しずつもらってきて、そのエネルギーを筆に込めて描いていく感じですかね? 今までのインタビューでお聞きしたことですが、市橋さんの中にあるものだけれど、実際に海に行き、そこで味わい、見たもの、感じたことがベースですからね。
正直、ここに描くってなった時に、ライブパフォーマンス的に単色でバシッとやろうかと迷ったりしました。
ーーカメハメ派式ですね。それをやっていたらどうなってたんでしょうか? 楽しみでもありますが。
でもとりあえずいつも通りやってみることにしましたね。いつも通りをこのサイズでやったらどうなるんだろうなって思ったし、いつも通りこの壁の中で消したり、描いたり、破壊と再生が何度も繰り返されて、この絵が立ちあがってきている感じがしています。波と魚は何度も描き直している。だからもしかしたらまだまだ変わるかもしれません。
ーー自分はこの壁画に描かれている水の動きがとても好きです。他の対象よりも比較的タッチが細かくて、目を引くからでしょうか? 水が力強く動いている感じが伝わります。
しゃしゃしゃっとしてますね。この波の特徴はうちの根底にある日本海が現れているんだと思います。
ーー日本海ですか?
沖縄の海にも行ったけど、非常に穏やかでした。日本海は下手したら死んじゃいますからね。
ーーえっ! 死ぬとはどういう意味でですか?
波が強い。
ーーあっシンプルな死なんですね。海ですしそうですよね。なめてました。
父さんの実家がある佐渡島の海(日本海)に行って、海水浴もしたんだけど、流れが早くてしょっぱい。そして冷たい! 夏でギリギリ泳げる感じです。
潮の流れが早過ぎて危ないシーンがありました。両足がつっちゃって、水飲んじゃって…
ーーそれは怖い!
親にバレたら「もう、神奈川のお家に帰るよ」って言われちゃうから、そのことは、言わずに隠してました。
ーー完全に子供の発想ですね。
そんな、紺碧の日本海の荒くて強い佐渡の波を描きました。
ーー市橋さんはそういった、自然の強さとか怖さを絵に込めているんですよね。
でも自分では、まだまだこれは浅瀬の絵だなあと思っていて。沖に出てないんですよ。これには親も同意見で、「あんたの絵って沖には出てないのね」と言われて、そうなんだよ!ってなりました。
おっきくかけるのは浅瀬の絵で、もっと沖の、深いところに行きたいですねえ。
ーーものすごいシンクロですね。わかる人にはわかるのでしょうか?結構深いところを描いている絵もある気はしますが。
沖の方を描いている絵はまだ、思いを馳せている感じ、ちゃんと海に入れたらまた変わってくるなあって思います。
ーー確かに光が入り込んでいて鮮やかな感じの色ですよね。
ウチがイルカとかクジラを描かないのはそういうことなんです。やっぱり、会ってから描きたいから…うちの中でウソになっちゃう気がして。
この壁画は特に、見たものを描いています。佐渡の海も沖縄の海も混ざっていて、今まで見たものたちで出来てますね。
ーー自分が波の部分をいいなと思ったのも市橋さん自身が見て、体感して、味わったものが伝わっているからなのかもしれませんね。あと、壁画とキャンパスに加えて、今回は平面ではない立体、漂流物に描いていて、縦横無尽感が増している、というのも感じました。
漂流物が縦横無尽にさせてくれました。凄く楽しかった。漂流物って真っ直ぐじゃなくて歪んでいて、真四角じゃないのがものすごくありがたくて、描きやすかったです。
ーー真っ直ぐで、真四角の方が描きづらいんですね。普通は逆の気がしますが!
描きづらい。キャンパスに限定されるのが息苦しくて、四角くだと終わりがあるのが描きづらいんです。
ーーじゃあ今後もどんどんとキャンバスなどからの“四角離れ”はありそうですね。
あるあるある。むしろそっちの方が性に合っている。今までキャンバスに限定されすぎてたなあと感じています。壁画もめちゃくちゃ楽しかったし、今後はもっとキャンバスの外に出て行きたい。
ーーもうすでに飛び出しているのでは? 今回の漂流物もそうですが、机にかじりついたりアトリエにこもるだけではなく、自然の中に飛び込んで地面に布を置いて描いていく姿勢も含めて奔放ですよね。だからこそどんどん描かれていくし、筆の一つ一つに自信のような、力強さを感じるのかもしれません。最後ですが、未来の目標や次に描いてみたいものはなんでしょうか?
あわよくば、いつかの未来の話をすると・・・実は洞窟に描きたいんですよ。
ーー原始人の大先輩がしたこととおんなじですね。いつか、遠くない未来に市橋さんの洞窟画を見る日を楽しみにしています。