okazu通信 第66号 佐藤洋美「arche展」を考える夜
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Wall Art Project 応援団の皆さんへ。
インド農村部の学校を舞台に芸術祭を開催してきたWall Art Projectからのお便りです。現地コーディネーター・okazuが現地で活動する中で出会う人、もの、見たこと、聞いたこと、感じたこと、それらを伝える“okazu通信”。日本でのWAP報告会や、展覧会などの情報、プロジェクトの想いをお伝えする“わふのこNEWS”。Wall Art Projectがこの世界で巻き起こしていく活動のすべてを見守ってください。
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僕が通っていた小学校は築120年を超える木造校舎で、図書室には古い本がたくさんあった。その半分くらいは外が茶色く変色し、パラパラとめくると普段かがない香りがしたことを覚えている。紙焼けした紙を見たのはその時以来かもしれない。
ツォモリリ文庫の一坪ギャラリーで開催している「arche(アルケー)展」の搬入の日、作家の佐藤洋美さん(以下、ニックネームのキャッサバさんと呼ぶ)は展示用に手書きの原稿を印刷した書物を持ってきた。分極法という数学の研究書だ。紙焼けして茶色く変色したその本は、何十年もの時の重なりを感じさせる。キャッサバさんの家には蒐集されたそういう書物がなんと一部屋分あるそうだ。僕と同じ福島県出身で、同い年のキャッサバさん。そういう紙焼けした書物に出会ったのはやはり子ども時代に過ごした図書室だったりするのだろうか・・・と考えながら几帳面な字体で綴られた本をめくると、ところどころ切り取られている。ハッと気がついた。これは<pod>というタイトルで作品になっている、あの形の注ぎ口の部分だ。
ものごとを一体どうやって見つめればその発想になるのか−数学の難解な(分極法なんて聞いたことのない言葉の研究書なのだから難解に違いない)方程式を説明するためのグラフ曲線が、コラージュによってコーヒーカップの縁や、ワイングラスの足になっている。全く接点がないであろう両者がキャッサバさんの手によって生み出された接点で交わった不思議。それら容器を満たす液体—例えば赤ワインの紫をよく見ると、赤と青の微細な無数の点から成り立っている。リソグラフという孔版印刷の一種で表現された液体は、かすれやズレが含まれていて、なんとも味わい深い。聞けば、ベストな色合いが出るよう、印刷所の方とインクの配合を細かく調整し、たどり着いた色なんだそうだ。それら人の努力によって生まれた色と、紙焼けという太陽光や舞うホコリなどの自然と時の流れが作り出した茶色いグラデーション。ここにも接点が生み出されている。
キャッサバさんはこの本を市で見つけた時、「コラージュにきっと使える」と確信して買い求め、出番が来るまでしまっておいた。「グラフィックデザイナーとして”捨てられない印刷物”づくりに携わってきた一方で”捨てられた印刷物”を日々蒐集し、紙を駆使した手触りのあるデザイン、コラージュを提案する」キャッサバさんのプロフィールにはこう書かれている。印刷物に溢れ、紙が全く貴重なものとして扱われない昨今。キャッサバさんはデザインの力と価値や美しさを見出す力を駆使して、今にも捨てられ、灰になりそうな紙をふたたび表舞台に立たせている。それは、人々がふと立ち止まる瞬間になっているのでは、と僕は感じる。
アルケーには、ギリシャ語で「根源」という意味があるのだそうだ。それと日本語の「歩け」にもかけ合わさっている。根源へと歩いていくこと。美しく、気になるものと出会い立ち止まっても、僕たちはまた歩き出し、命の終わりまで向かっていく。時の流れと同じように、止まることなく、進んでいく。すっかり脳裏に焼きついたアルケーを思い出しながら(僕のお気に入りは水とコーヒーのアルケーだ)、そんなことをつらつらと考えている、半月の夜。
okazu
〜〜わふのこNEWS〜〜
★5/25 佐藤洋美アーティストトーク
一坪ギャラリーで展示中の作品<arche アルケー><Time Lag タイムラグ>。作品に描かれているのは”コーヒー”、”赤ワイン”、”白ワイン”、”お湯”、”水”。そして時計。水と時間ー「巡る」「循環」といった言葉とともに表現されることが多いこの二つをテーマにした作品は、「生命」や「存在」を感じさせます。
美しく、見やすい画面/紙面を作ることを通じて、人と人をつなぐ彼女が、福島と埼玉を行き来する自身の活動のお話をしてくれます。身の回りの物事から美しいものを探し出す秘訣に触れられる時間になるはず。
小栗雅裕手作りのフィンガーフードを片手に楽しい夜の時間を過ごしましょう。
[佐藤洋美アーティストトーク]
日時 2019.5.25 (土) 18:00- 20:00
会場 ツォモリリ文庫 (仙川町1-25-4 京王線仙川駅から徒歩3分)
参加費 1500円(ワンドリンク+フィンガーフード付)
聞き手 おおくにあきこ・浜尾和徳(ウォールアートプロジェクト)
ページ http://tsomoriribunko.com/hiromi_sato_artist_talk/